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Chapter 325



「あれ?」

「レン、どうしたのよ?」

琥珀色の髪をショートカットにした双子の妹、ランがレンに問い掛ける。

「今、私と目が合ったあそこにいる女の子、どこかで見たことがあるような気が……」

「あの金髪のお人形みたいな子? あんな目立つ子、一度見たらそうそう忘れないわよ。レンの勘違いじゃ――― いえ、どこかで見たことあるかも。何か、胸の奥で凄い引っ掛かる」

「でしょー? うーん、絶対どこかで見たことあるのよ。でも、最近じゃないような、何年も昔のことのような…… ああ、スッキリしない! 気持ち悪い! 勇者様、今こそ私に力を!」

レンは祈願するように両手を組む。念じる先はもちろん刀哉であるが、残念ながら勇者もそこまで万能な存在ではない。くしゃみくらいはするだろうか。

「そんなに昔だとしたら、あの子が赤ん坊になっちゃうわよね」

「にゃむ~……!」

「もう、こんな時だけお祈りの真似事したって意味ないわよ。それにそんないい加減なお祈りじゃ、リンネ教徒の人が見たら呆れられちゃ――― ああっ!」

ランが大声を上げると、ひらめきを象徴する電球のようなものが頭上に現れた。この世界に電球などという科学的なものが普及している筈もないので、ようなものである。間違ってはいけない。

「ラ、ラン?」

「ふふ、思い出した。思い出したわ!」

ランの表情はなぜかやや勝ち誇るものになっている。

「勇者様、そっちじゃないよー。私に愛を向けてよー」

「残念だったわね、レン。お父様も言っていたじゃない。何でもかんでも勇者様に頼り過ぎてはいけないって。どうやら私の方が勇者様のお相手として、一歩先を行くみたいだわ」

「でも、まだこれで勇者様争奪戦324勝324敗…… ってそうじゃない! 何を思い出したのよ!?」

「ああ、そうだったわ。リンネ教で思い出したんだけどさ、学生時代にいたじゃない。学園都市ルミエスト始まって以来の2人の才女」

「……あ、ああー!」

合点がいったレンは心にかかっていた靄を取り払う。学園都市ルミエストは西大陸に存在する世界有数の学び舎だ。各国の高家や貴族の跡取りはもちろんのこと、中には王族の令息・令嬢までもが教育の一環に通うとされる名門校なのである。優れた施設が立ち並ぶ富んだ環境下で、あらゆる分野の勉学から魔法、武術といった戦闘技術、果ては楽器の演奏などの娯楽に至るまでを学ぶことができる幅広い専攻項目。その全ての分野に専門講師がおり、その他待遇面も手厚い。これらの理由から入学は大変困難であり、厳しい考査を突破し将来を期待される逸材と認められた者、入学金として大金を積む者、相応の推薦状がある者でもない限りは入り込む余地はないとされている。かくいうレンとランも在籍していたことがあり、つい2年前にルミエストを卒業したばかりなのだ。

「リンネ教の総本山、神皇国デラミスの巫女にして、学園内で『銀の聖女』と称えられたコレット・デラミリウス。そしてもう1人が東の大国トライセンの姫、コレットと唯一比肩するとされた『金の賢女』シュトラ・トライセン……!」

「そう、そのシュトラよ! 私たちより年下の同期だった癖に、コレットと一緒に飛び級に飛び級を重ねて何年も先に首席で卒業しちゃったあのシュトラ! そっくりそのままじゃん!」

「た、確かに…… でも、本当にあの頃のまま過ぎない? 今なら17、8くらいな筈でしょ?」

「そんな些細なことはどうでもいいの! ひょっとしたら妹かもしれないし、もっと言えば別に本人じゃなくてもいい! レン、思い出して。学生時代に打ち砕かれた、私たちの野望を」

ランに言われ、考える仕草を取るレン。少しして、ハァッ! と顔を上げた。このリアクション芸は親譲りだろうか。

「……学園内のアイドルとして、私とランで勢力を二分する計画」

「見事に聖女と賢女にもっていかれたわ。何をするにしても、先に名前が挙がるのはあの2人だった。そしてあの2人は仲が良くていつも一緒、私たちと色々被ってた」

「……各科目で優秀な成績を収めて、注目を浴びに浴びる」

「同学年だったのはちょっとの時期だけだったけど、学問であの化物に勝つのは絶対に無理。おまけにシュトラは軍事模擬演習関連の指揮にも優れていたし、コレットは白魔法の扱いが異常だった。あ、運動競技なら勝てたわね」

「……せ、生徒会役員となって、学園を牛耳る」

「卒業間際になってたわね。あの2人が。歴代最年少のダブル生徒会長だったっけ? 何歳も年上の先輩が嬉しそうに頭を下げる様は流石に笑えなかったわ」

「全部粉砕されてる!?」

悲鳴にも似たレンの叫びが空しく響き渡る。

「そう、私たちの青春は奴らに亡きものにされたと言っても過言ではないの。その発端たる幻影が目の前にいるのよ? ファーニスの女として黙って見過ごすことはできないわ」

「ふーん、まあランの言い分は分かったわ。それで具体的にはどうするのよ?」

火の国ファーニスの女は男勝りで情熱的。感情に一度火の付いた熱は瞬く間に広がり、なかなかに消えることはない。極度の心配性で細かいところまで気の利く男達と等分すれば丁度良い具合の国柄であるのだが、全てがそのように丸く収まる筈もなく。

「決まってるでしょ。鬱憤を晴らす!」

そう言って、ランはズカズカとシュトラの方へと歩いて行くのであった。筋の通らない主張であったとしても、迷惑なことにファーニスの女は燃えるのである。

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うん、間違いない。記憶よりも大人びてるけど、特徴が一致してる。酷く興奮している理由は分からないけど。

「お店の前で何か言い争ってるみたいだけど、どうしたのかな?」

「リオン様、ああいう手合いとは関わらないが吉。隣の甘味処で休憩するのも吉」

「それはムドちゃんが食べたいだけじゃ、ってパインかき氷? 南国なのにかき氷? ぼ、僕もちょっと食べてみたいかも……」

甘味処の看板メニューに目を光らせ始めるリオンちゃんとムドファラク。興味の対象がやや移り気味になっちゃってるけど、ここは注意するべきだよね? 一応、クロトを介した念話にしておこう。

『話を遮ってごめんね。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど』

『あれ、念話(こっち)? どうしたの?』

『シュトラ様、いくら美味しそうでもそんなにがっつかない方が吉』

『違うよ! えっとね、実はあそこの2人…… ファーニスのお姫様だったり』

一生懸命に何かを考えているのが姉のレン・ファーニス。なぜか興奮しているのが妹のラン・ファーニスであることを説明する。

『護衛も連れずに街中であんなに目立つとは、不用心』

『へ~、あの双子さんってお姫様なんだ』

あ、あれ? 思ったよりも反応が薄い?

『それを言ったら、シュトラちゃんだってお姫様だしね。耐性みたいなものができたのかな? ガウンのゴマちゃんもお姫様だし、コレットだって―――』

『リオン様、シュトラ様、その双子のお姫様がこっちに来た』

『『え?』』

ムドファラクの言う通り、大きな足音を立てながら2人がこちらにやってくるのが見えた。

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リオンらが店前で足踏みする位置から背後にやや離れた曲がり角にて、壁から顔を出して様子を窺う影が2つ。

「おお、孫達よ。何をしておるんじゃ、店は目の前じゃぞ」

「おい、ジェラール。お前見た目からして目立つんだから、もうちょっと頭を引っ込めろ」

「王に言われたくないわい」

上から下まで漆黒で過保護な保護者2名、ただいまスニーキングミッション中。


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